珊瑚礁と熱帯雨林、ケアンズ独り旅

海外 オーストラリア 15 章 / 44 枚

ひとりで降り立ったクイーンズランド北部、ケアンズ。世界遺産が二つ重なる土地です。地球最大のサンゴ礁グレートバリアリーフと、一億年を超す原生の熱帯雨林ウェットトロピックス。海の青と森の緑、その間を縫う列車とロープウェイ、そして気球から見下ろす朝焼け。私の十日間は、この南半球の夏に静かに溶けてゆきました。

ケアンズ朝、ガジュマルの並木で

Day 1 朝

出発はガジュマルの大樹のもとから。気根が幾筋も垂れ、緑のトンネルをつくっています。ケアンズはクイーンズランド州北部の玄関口で、世界遺産グレートバリアリーフと熱帯雨林の双方への拠点都市。ヤシの揺れる芝生公園を抜け、私はまず街の海辺へ向かいました。歩くだけで肌に汗が滲む、南半球の夏の朝でした。

海辺の人工潟、エスプラネード・ラグーン

Day 1 午前

ケアンズの海辺には砂浜の代わりに巨大な人工ラグーンがあります。2003年に開かれたエスプラネード・ラグーンは、ハコクラゲやワニの危険から市民を守るために造られた無料の遊泳プール。銀色の魚のオブジェが噴水とともに跳ね、背後にはトロピカルなホテル群。一人で水辺のベンチに腰を下ろし、子どもたちの歓声を聴いていました。

ペリカン来たる、トリニティ湾

Day 1 夕方

夕刻、湾沿いに歩くとペリカンの群れに出会いました。オーストラリアペリカンはくちばしが世界最長と言われる種で、長い橙のくちばしを羽繕いに沈めています。背後にはケアンズ港と、ベルベットのような山並み。浜辺に並ぶ十数羽は人を怖がらず、私もそっと腰を低くしてレンズを向けました。

聖堂のステンドグラス、街角の信仰

Day 2 朝

市街のカトリック聖堂に入りました。木の天井と煉瓦の壁、青いステンドグラスが熱帯の光を吸い込み、しんと冷えた空気をつくっています。祭壇の脇には旅の途中で見るには少し早い、聖夜の生誕場面が飾られていました。南半球の夏のクリスマスは、私の知るそれとは違う匂いがします。一人、後列に座って息を整えました。

ジョセフィン滝、緑の岩盤を滑る水

Day 3

ケアンズの南、ウールヌーラン国立公園の奥に、地元の人が愛するジョセフィン滝があります。世界遺産ウェットトロピックス・オブ・クイーンズランドの一角で、花崗岩の一枚岩を滝が天然のウォータースライダーのように下る場所。誰もが石に身を委ね、笑い声が森にこだまします。私は上から眺めるだけにして、流れの白さを覚えて帰りました。

雨林の沈黙、世界最古の森を歩く

Day 3 午後

オーストラリアの熱帯雨林は、約一億三千万年前のゴンドワナ大陸期から続く地球最古の森です。シダと巨木に覆われた山道を歩けば、空は緑のレースに切り取られ、足元には倒木と発酵した落ち葉。鳥の声よりも、自分の呼吸の方がよほど大きい。観光地化した滝の喧騒から少し離れるだけで、原始の時間に放り出されました。

ミラミラ・サーキット、滝めぐりの一日

Day 4

アサートン高原のミラミラ・ウォーターフォール・サーキットを車で回りました。火山活動でできた玄武岩台地から幾筋も水が落ち、シャンプー広告の舞台にもなった円形の滝が点在します。曇り空にしぶきが立ち、苔むした岩が黒く光っていました。標高八〇〇メートル、ケアンズの蒸し暑さから一息つける高原の空気でした。

パロネラ・パーク、密林に眠るスペイン城

Day 4 夕刻〜夜

ケアンズ南方の密林に、スペイン人移民ホセ・パロネラが1930年代に独力で築いた邸宅と庭園が眠ります。砂糖きびで財を成した彼の夢の城は、サイクロンと火災で半ば朽ち、今は蔓と苔に覆われた廃墟。夜のライトアップツアーに参加すると、噴水と尖塔が闇に浮かび上がり、ジブリ映画の参考になったとも言われる幻想が広がりました。

スカイレール、雨林の天井を渡る

Day 5 午前

ケアンズ郊外スマートフィールドからキュランダまで、全長七・五キロのスカイレール・レインフォレスト・ケーブルウェイで雨林の樹冠を越えます。1995年開業、世界最長級のロープウェイで、世界遺産の森を傷つけぬよう支柱位置までヘリで運ばれました。眼下には起伏する緑の海、遠くにバロン滝の白い帯。ゴンドラはゆっくり、ゆっくり、私を雲の高さへ運びました。

キュランダ、雨林の村と先住民の作品

Day 5 昼

ロープウェイの終点キュランダは「雨林の中の村」と呼ばれる小さな町です。アボリジナル・アートのギャラリーや鳥類園、爬虫類館、蝶園が点在し、自然と先住民文化の入口になっています。展示の鉄製シルエットや池のほとりの鳥たちを眺めながら、四万年以上ここに住み続けた人々の物語に耳を澄ましました。

キュランダ高原鉄道、断崖を縫う列車

Day 5 午後

帰路はキュランダ・シーニック・レイルウェイ。1891年に開通した歴史的な山岳鉄道で、ケアンズ平野とアサートン高原を結ぶために絶壁に十五のトンネルと九十三のカーブを刻みました。ストーニー・クリーク橋では客車が湾曲し、自分の乗る車両を窓から眺められます。眼下にバロン渓谷が広がり、車輪のきしみと滝音だけが響きました。

サトウキビ畑とトロピカル・ノース

Day 6 朝

高地から海岸平野へ降りると、視界の端まで続くサトウキビ畑。クイーンズランド北部はオーストラリア有数の砂糖産地で、十九世紀末以来この緑の波が経済を支えてきました。背後の山影は熱帯雨林の世界遺産。整然と刈り込まれた畝と、波打つ穂先のコントラストが、人の手が拓いた風景の力強さを語っていました。

リーフへ、グレートバリアリーフ航海

Day 7 朝

高速カタマラン「リーフ・アドベンチャー」に乗り込み、世界最大のサンゴ礁帯グレートバリアリーフへ向かいます。クイーンズランド沖を約二三〇〇キロにわたって連なるこのリーフは1981年に世界自然遺産登録。沖に出ると船は揺れ、海の色が藍からターコイズへ、やがて透明な浅瀬へと変わっていきました。

グリーン島、サンゴ礁のうえの楽園

Day 7 午後

ケアンズ沖二十七キロに浮かぶグリーン島は、グレートバリアリーフの中でも珍しい「植物が定着したサンゴ礁の島(コーラル・ケイ)」。樹齢何百年というカズアリーナや海岸樹が砂州を縁取り、足元の浅瀬では魚影とサンゴが透けて見えます。海と森が同じスケールで隣り合う、不思議に静かな島でした。

夜明けの気球、アサートン高原を浮かぶ

Day 9 早朝

最終日の前日、暗いうちに迎えのバスへ。アサートン高原の牧草地で気球が膨らんでゆきます。バーナーが二基、低く唸りを上げ、私を含めた乗客はゴンドラに身を寄せました。夜明けの斜光が畑と川を金色に染め、眼下のユーカリ林にカンガルーの影が走るのが見えます。音も風も忘れる、南半球の朝でした。

海も森も、ここでは「世界最古」の称号を背負っています。けれど旅人にとってはただ広く、ただ静かで、ただ青い。ひとりだから聴こえた風と波の音を、土産話の代わりに持ち帰りました。