氷河と碧き湖、ロッキーの旅

海外 カナダ 14 章 / 33 枚

カナディアン・ロッキーは、地球が水と氷で彫り上げた青の博物館でした。バンフ国立公園を起点に、ルイーズ湖、モレーン湖、コロンビア大氷原、ヨーホーのタカカウ滝までを北上。標高三千メートルの稜線と氷河乳白色の川を、私はひとり静かに歩きました。ターコイズの水面に浮かぶ自分の影を、確かに覚えています。

バンフの町、夕暮れの交差点

Day1 夕方

ロッキー山脈の麓、標高一三八三メートルに広がるバンフは一八八五年に成立したカナダ最古の国立公園の中心地。バンフ・アベニューに立つと、正面のカスケード山が町並みのまっすぐ先にそびえます。ティンバーフレームの店構えと白い尖塔の教会、信号待ちの車。夕陽が屋根を温め、私はようやく長い移動の終点に立ったのだと実感しました。

カスケード庭園、山を額縁に

Day2 朝

バンフ・アベニューの突き当たり、ボウ川を越えた先に広がるのがカスケード・オブ・タイム・ガーデンズ。一九三〇年代に造られた段丘式の庭園で、石組みの池の向こうにカスケード山が一直線に立ち上がります。色とりどりのペチュニアと金魚草、芝に落ちる朝の影。山と花を同じ視野に収められる、この国立公園らしい一枚を撮れました。

バンフ公園博物館、丸太の博物学

Day2 午前

庭園の隣に建つ国指定史跡、バンフ公園博物館は一九〇三年築。鉄道時代に「ロッキーの自然を持ち帰れない旅人へ」と建てられた木造の博物学資料館で、剥製と標本が今も並びます。芝生の先の濃緑の屋根、煙突から覗くカナダ国旗。私は中をひと巡りして、この国が自然をどう「見せて」きたかの百年を確かめました。

サンシャイン・メドウズ、稜線の花畑

Day2 日中

バンフ南西、標高二二〇〇メートルの亜高山帯に広がるサンシャイン・メドウズ。八月末でもエピロビウムやインディアンペイントブラシが斜面を染め、針葉樹の隙間からは大陸分水嶺の稜線が覗きます。湿原の小さな水たまりに映る空、岩のあいだを流れる水音。短い夏の最後の輝きを、私は一歩一歩踏みしめて歩きました。

レイク・ミネワンカ、夕日のカヌー

Day2 夕方

バンフ町から東へ十分、全長二十一キロのレイク・ミネワンカはロッキー随一の細長い氷河湖。先住民ナコダ族の言葉で「精霊の水」を意味します。二人乗りのカヌーが逆光のなかで黒いシルエットになり、湖面に光が散る。風はもう冷たく、湖底の村が水没した一九四一年の歴史も静かに沈んでいるのだと、ふと思いました。

アイスフィールズ・パークウェイの絶壁

Day3 午前

バンフからジャスパーまで二三〇キロを結ぶ国道93号、アイスフィールズ・パークウェイ。世界で最も美しいハイウェイとも称されるこの道沿いに、垂直に削り取られた石灰岩の絶壁が現れます。雪解けの季節には何条もの滝が流れ落ちる「ウィーピング・ウォール」。窓を開ければ針葉樹の匂い。地球が時間をかけて書いた縞模様の前で、車をしばらく停めました。

コロンビア大氷原、氷の上に立つ

Day3 日中

アイスフィールズ・パークウェイの最高所に広がるコロンビア大氷原は、ロッキー山脈最大の氷の貯水池。そこから流れ出るアサバスカ氷河は厚さ三百メートル、長さ六キロにおよびます。スノーコーチで踏み入った氷上には鮮やかな青の融解水溜まり。点景となる旅人の列が、地球の大きさを一気に教えてくれました。

サンワプタ渓谷の断崖

Day3 午後

氷河の融け水サンワプタ川が侵食した渓谷を、グレイシャー・スカイウォークの透明な床から見下ろします。二〇一四年開通のこの遊歩橋は、谷底まで二八〇メートル。崩落跡の砂礫斜面、奥に頭を覗かせるアサバスカ山。氷河と岩と水が今も同時進行で大地を作り替えているという事実が、足元から伝わってくる場所でした。

ルイーズ湖、霧と花壇

Day4 朝

標高一七五〇メートル、氷河から流れ込む岩粉が光を散らしてターコイズ色に輝く宝石、ルイーズ湖。湖畔には一九一一年創業のフェアモント・シャトーが立ち、英国ヴィクトリア女王の娘ルイーズ王女に因んで命名されました。雲が低く垂れ込めた朝、湖面のミルキーブルーと色とりどりの花壇が霧の中で一段と濃く見え、私は石畳のベンチでしばらく立ち止まりました。

モレーン湖、テンピークスの碧

Day4 午前

ルイーズ湖の南、テン・ピークスの谷にあるモレーン湖は標高一八八五メートル、氷河ロックフラワーが極限まで濃い青を作る湖。かつてカナダ二十ドル紙幣にも描かれた風景です。展望地ロックパイルから見下ろすと、十座の岩峰が湖面に落ち、エメラルドという言葉では追いつかない深い藍。風が止んだ瞬間、山の影がそのまま水鏡に沈みました。

ヨーホーのタカカウ滝

Day4 午後

バンフから西、ブリティッシュ・コロンビア州側のヨーホー国立公園に入ります。ダーリー氷河を源に落差三七三メートル、カナダ屈指の高さを誇るタカカウ滝。先住民クリー語で「素晴らしい」という意味の名前です。岩屑帯の真ん中に立つと、白く砕けた水煙が太陽に虹をかけ、轟音だけが谷を満たしました。赤い上着の旅人が点になるほどの巨大さに、思わず息を止めます。

キッキングホース川、乳白の流れ

Day4 夕方

ヨーホー国立公園を貫くキッキングホース川は、氷河から運ばれた微細な岩粉で乳白色に流れます。一八五八年、探検家ヘクター博士が馬に蹴られて気絶した逸話から名づけられた川。倒木と砂利が織りなす河原を歩けば、水音と松脂の匂いだけがあり、ここから先は生きて流れていく水の話なのだと感じました。

キャンモア、山に抱かれる町

Day5 夕方

バンフ国立公園東口に隣接するキャンモアは、一八八三年に炭鉱の町として生まれ、一九八八年カルガリー冬季五輪のクロスカントリー会場として再生した山岳リゾート。背後にそびえるのは三姉妹峰スリー・シスターズです。色づき始めた白樺、青空に映える赤いトラックと小売店、川沿いの遊歩道。一日の終わりに、観光地の張り詰めから少しだけ降ろされた気がしました。

夜の宿、明日のカルガリー

Day5 夜 – Day6 朝

黄色いランプの下、白い壁の小さなシングルルームに荷を解きます。明朝はカルガリーの郊外、まっすぐな道路と乾いた草原のあいだの歩道を歩いていました。空には朝焼けの残り火、地に落ちた一枚の落葉。氷河と湖の旅は、こうしてプレーリーの淡い色のなかへ静かに着地していきました。

ロッキーの稜線から下りた最後の朝、街灯の影が長く伸びる平原都市の歩道を歩いていました。氷河と湖が刻んだ青の記憶は、帰国後もときどき胸の奥でひんやりと息をつきます。