アドリア海、石灰岩のクロアチア紀行

海外 クロアチア 12 章 / 34 枚

年末年始、私はアドリア海東岸の国クロアチアへ向かいました。中欧のしっとりした首都ザグレブに始まり、世界遺産プリトヴィツェの段差湖、ローマ皇帝が築いた港町スプリット、ヴェネツィアの面影を残すトロギル、そしてアドリア海の真珠ドゥブロヴニク。石灰岩と赤い瓦屋根、青い海が織りなす一週間の旅です。

成田の朝、旅のはじまり

2019-12-30 16:17

出発はいつも、空港のバス停の前から始まります。冷えた雨に光る舗道、見慣れた湯マーク、これから乗る23番のサインボード。日本を発つ前のひと呼吸を、私はここに置いていきます。これからの十日間、地図の上ではアドリア海の縁をなぞっていく予定です。少し心細いのは、いつものこと。

ザグレブ下町、冬の公園を歩く

2019-12-31 09:56 – 10:24

ザグレブの中心、ズリニェヴァツ公園からトミスラフ広場へ。葉を落としたプラタナスの並木の奥に、黄色い壁のクロアチア・アート・パヴィリオン (1898年建造、ネオ・ルネサンス様式) が浮かんでいました。ハンガリー王国時代の万博出品館を移築した由緒ある建物です。鉄細工のベンチ、白い噴水のあずまや、年末で静かな散歩道。私はゆっくり、首都の息づかいを確かめました。

ザグレブ大聖堂と上町の眺め

2019-12-31 10:28 – 12:51

二本の尖塔が空を貫くザグレブ大聖堂。13世紀に建てられ、19世紀末の大地震のあとネオ・ゴシック様式で再建された、クロアチア最高の高さ108mを誇る教会です。修復用の足場が片側に残るのも、この街の正直な顔。坂を登った上町 (Gornji Grad) からは、赤い瓦の屋根が波のように広がり、遠くに尖塔が二本、もう一度顔を出していました。

ミロゴイ墓地と年越しのイルミネーション

2019-12-31 13:47 – 17:40

市街の北、ミロゴイ墓地へ。1879年にヘルマン・ボレーが設計した、緑のドームと長い回廊アーケードが連なる、ヨーロッパ屈指の美しい墓地です。墓は街の歴史でもある、と地元の人は言います。日が落ちると、トミスラフ広場のプラタナスがまるごと光に包まれて、年越しを待つ街の浮き立ちを伝えてきました。年の瀬の冷気と灯りが、混ざり合っていきます。

プリトヴィツェ、十六の湖と滝

2020-01-01 10:30 – 12:22

新年最初の朝、プリトヴィツェ湖群国立公園へ。1979年にユネスコ世界遺産に登録された、十六の段差湖と九十二の滝が連なる石灰華 (トラバーチン) の楽園です。霧の立つ静かな川面、落差78mの大滝ヴェリキ・スラップ、エメラルドに澄む下湖。冬枯れの森が湖を縁取り、水面はガラスのよう。歩道は凍り、息は白く、けれど耳の中はずっと水音で満たされていました。

スプリットの夕焼け、マルヤンの丘から

2020-01-03 16:15 – 2020-01-04 07-36

南へ下りスプリットへ。港町を見渡す松林のマルヤンの丘 (Marjan Hill) に登ると、日が西へ傾きはじめました。アドリア海に浮かぶ船の影、遠くディナル・アルプスの稜線。翌朝もう一度同じ場所に立つと、海の向こうから昇る朝日が、街を薔薇色に染めていきました。スプリットはローマ皇帝ディオクレティアヌスが3世紀末に隠居した場所。湾の地形は当時のまま、ほとんど変わっていないと言います。

ディオクレティアヌス宮殿の門と壁

2020-01-04 08-12 – 12:00

夜明け前に城壁の中へ。305年頃、ローマ皇帝ディオクレティアヌスが退位後の宮殿として築いた、東西215m南北180mの巨大な石灰岩の砦。1979年世界遺産です。北の黄金門、南の青銅門。アーチをくぐるたび、千七百年が肩越しを通り過ぎていく感覚があります。今もなお宮殿の中に人が暮らし、洗濯物が古代の壁から下がっている。生きている遺跡というのは、こういうものなのでしょう。

トロギル旧市街、石畳の小路

2020-01-04 09-49 – 10:35

スプリットからバスで30分、ヴェネツィア共和国時代の面影を残すトロギル旧市街へ。1997年に世界遺産登録された、人口の島まるごと中世の街です。狭い石畳の路地、緑の鎧戸、白い石灰岩の壁。聖ロヴロ大聖堂の鐘楼に登れば、赤い屋根の海と橋向こうの本土、奥にアドリアの海が同時に視界に入ってきました。観光客の少ない冬の午前、靴音が壁に反響します。

聖ドゥエ大聖堂の鐘楼から

2020-01-04 13-09 – 13:39

スプリットに戻り、聖ドゥエ大聖堂 (Cathedral of St. Domnius) の鐘楼に登りました。元はディオクレティアヌス帝の霊廟、7世紀以降キリスト教会に転用された、世界で現役最古の大聖堂と言われています。高さ57mの鐘楼から見下ろせば、赤瓦の海の向こうに丸い丘マルヤンとアドリアの青。狭い旧市街の路地から見上げると、白い鐘楼が真っ直ぐ空に伸びていました。

宮殿地下、石の記憶

2020-01-04 14-26 – 16:36

宮殿の地下室 (Substructures) を歩きました。皇帝の居室を支えるために組まれた石灰岩のヴォールトが、地上の部屋の輪郭をそのまま地下に写し取っている、考古学的にも稀有な構造です。崩れたまま残る壁、苔と落ち葉。地上に戻り港へ降りると、ヤドロリニヤの白いフェリーが夕暮れの水面に並んでいました。スプリットは到着でも出発でもない、海上交通の心臓のような街です。

ドゥブロヴニク、城壁と旧市街

2020-01-05 09-17 – 13:33

そして旅の終点ドゥブロヴニクへ。「アドリア海の真珠」と呼ばれた中世の海洋都市国家、ラグーザ共和国の首都だった街です。1979年世界遺産登録、1991年の紛争被害から見事に再建されました。ピレ門外の小さな船溜まり、城壁の上から見下ろす赤い屋根の海。屋根の色がところどころ新しいのは、修復された証。歴史と現在が同じ瓦の上で、静かに混じり合っていました。

石灰岩の丘、羊たちのいる夕暮れ

2020-01-05 14-21 – 14:32

ドゥブロヴニクから内陸の村へ少し足を延ばすと、世界が一変しました。ディナル・アルプスの裾に広がるカルスト台地、白い石灰岩が点々と地表に顔を出し、その間を羊たちが草を食んでいます。クロアチアはアドリアの海岸線だけではない、岩の国でもあるのです。柔らかな冬の光、自分の影が石の上に長く伸びる。年明けの旅の終わりに、私はもう一度、地面の硬さを確かめていました。

石灰岩の白、海の青、屋根の赤。クロアチアは三つの色で覚えておけと誰かが書いていました。年が変わり、最後に羊たちと出会って旅を終える。色の記憶は、しばらく胸の奥で乾かないままです。