南京路、ネオンの夕暮れ
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夕闇の南京路歩行街。1865年に英租界の馬路として開かれ、いまは中国随一の商業街として知られます。装飾を凝らした旧第一百貨や赤い灯籠を掲げた看板が、雑踏の頭上で競うように瞬く。私は人波に押されながら、欧風の窓枠と漢字の電飾が同居する不思議な軒並みを見上げて、ひとり歩いていました。
出張の合間、ひとりで歩いた上海。租界時代の重厚な石造りと、対岸にそびえるガラスの摩天楼が黄浦江を挟んで向き合う街。夜は外灘のネオンに照らされ、昼は豫園の苔むした石組みに沈む。新旧が同じ一日に共存する、不思議な熱を持った都市の記録です。
shanghai 01
夕闇の南京路歩行街。1865年に英租界の馬路として開かれ、いまは中国随一の商業街として知られます。装飾を凝らした旧第一百貨や赤い灯籠を掲げた看板が、雑踏の頭上で競うように瞬く。私は人波に押されながら、欧風の窓枠と漢字の電飾が同居する不思議な軒並みを見上げて、ひとり歩いていました。
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近代上海の心臓部、人民広場。かつての競馬場跡を1950年代に市民広場として整備した場所で、いまは博物館や大劇院、政府庁舎が囲みます。TISSOTの広告を掲げた明天広場の尖塔と、奥に霞む金茂タワーらしき双塔。曇天の下、雨上がりの匂いの中で、私はこの街の重心を確かめるように立ち止まりました。
shanghai 03
観光地の合間、ふと裏通りに迷い込む。古い里弄(リーロン)の集合住宅から伸びる物干し竿、二階建て観光バス、信号待ちの市民。租界時代に区画された碁盤の目の街路は、いまも一階に小さな店舗を並べたまま生きています。私は横断歩道で信号が変わるのを待ち、街の呼吸をそっと撮りました。
shanghai 04
黄浦江の対岸、陸家嘴の摩天楼群。1994年完成の東方明珠塔(高さ468m)を中心に、金茂タワー、上海環球金融中心、上海中心ビルが並びます。30年前まで湿地と倉庫だった岸辺に、世界で最も新しい超高層スカイラインが立ち上がった。船の航跡が水面のネオンを縦に裂き、私は欄干に肘をつけたまま動けませんでした。
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外灘から遊覧船に乗り、黄浦江をゆっくり下る。左手は欧州風の石造建築群、右手はガラスの未来都市。上海の二つの顔を同時に味わえる夜の航路です。湿った河風が頬を撫で、汽笛が低く響く。霧に滲んだネオンが水面に長く伸び、世界第三の長大河のスケールを、はじめて足元で実感しました。
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外灘(バンド)の歴史的建造物群。1920年代、英米仏の銀行や商社が黄浦江沿いに競うようにアール・デコや新古典様式の石造ビルを建てた一帯です。中央のドームは1923年完成の旧香港上海銀行(現・浦東発展銀行)。アジア最高峰の銀行建築と謳われた壮麗な姿が、夜は黄金のライトアップで蘇る。私は対岸とは別の上海を、ここで確かに見ました。
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陸家嘴の中心、円形歩道橋を見上げる。中央に立つ赤いクラウンを戴いた塔は震旦国際大楼(オーロラ・プラザ)で、対岸の外灘から見ても目印になる存在です。歩道橋の下を黄色いタクシーが流れ、上では人々が東方明珠塔を撮るためにスマホを掲げている。21世紀に建ち上がった金融街の動線は、空中をまっすぐ歩かせる思想で出来ていました。
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宿の窓から市街の灯を眺める。手前の緑は人民公園、奥にはネオン管をまとった上海博物館や大劇院のシルエット。雨に滲んだ夜景は、租界の時代から数えても百年に満たない街が、世界都市として完成したことを静かに告げてきます。私はカップに紅茶を注ぎ、明日歩く豫園の方角をぼんやり探しました。
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豫園(ユーユエン)。明代、四川布政使を務めた潘允端が父のために十数年かけて1577年に完成させた江南式の私家庭園です。回廊、池、太湖石の築山が一体となり、城隍廟の背後に2万平米の別世界が広がる。重厚な歇山屋根の楼閣が水面に映り、観光客の喧噪がふいに遠のく。私は石橋の上で、四百年の風の量をはかってみました。
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豫園の象徴・大假山(だいかさん)。明代の名人・張南陽が設計した黄石積みの築山で、平地に山岳の気韻を凝縮させた江南庭園の最高峰とされます。背後の白壁は瓦を波打たせて龍の鱗に見立てた龍墻。生きた山水画のような景の前で、私は何度も足を止め、石組みの奥行きを目で追いました。
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豫園の奥、柳の枝が垂れる池畔に立つ楼閣。反り返った軒先は江南式の特徴で、瓦の鳥獣装飾が屋根の四隅を護ります。木洩れ日が朱の柱に縞を落とし、涼風が竹の葉を鳴らす。城隍廟の喧騒から数歩離れただけで、ここまで時間の流れが変わるのか。私は木陰のベンチに腰掛け、上海でいちばん静かな午後を過ごしました。
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夜は地元の食堂で火鍋を囲む。中央に煙突を備えた銅鍋は、北方から伝わった伝統の形。番茄(トマト)スープに浮かぶ豆腐と海鮮、青菜の炒め物、唐辛子と玉葱で炒めた牛肉。一人旅の卓には少々量が多いけれど、辛味と酸味が代わる代わる舌を刺激し、湿った夜気を一気に押し戻してくれました。中国の食は、ひとりでも豊かなのです。
黄浦江の風と、豫園の池に映る瓦屋根。歴史と未来が同じ岸で呼吸する街の輪郭を、私はカメラの中にそっと畳みました。