渦潮とかずら橋、阿波の四日

四国 11 章 / 23 枚

阿波の春。鳴門海峡で潮を見、大塚国際美術館で陶板の名画に触れ、香川との県境に立つ銭形砂絵を訪ねる。翌日は祖谷渓に足を延ばしてかずら橋を渡り、最終日は徳島城公園と人形浄瑠璃の里へ。橋と渓と人形が重なる、四日間の四国紀行です。

阿波の夜、品書きを開く

2025-04-28 21:09

旅の前夜、徳島駅前の居酒屋に滑り込みました。「阿波の彩り ぞめき」と記された墨色の品書きを開けば、鱧、鳴門鯛、すだち、阿波尾鶏。徳島は四国八十八ヶ所の発願地、霊山寺から始まる遍路の入口でもあります。明日からの旅程を地図でなぞりながら、徳島ラーメンの濃口を一杯。木目の卓に灯りが落ちて、阿波の夜が静かに動き出しました。

鳴門海峡、渦の科学

2025-04-29 11:39

翌朝、鳴門公園の展望広場へ。瀬戸内海と紀伊水道を結ぶ鳴門海峡は、最大流速およそ時速二十キロ、世界でも屈指の潮流が知られる海の難所です。看板には潮流の仕組みと、最大直径二十メートルにも及ぶ渦の図解。読み終えるころには、足元から轟と低い潮鳴りが届き始めていました。

大鳴門橋を仰ぐ

2025-04-29 13:03

「名勝 鳴門」と刻まれた巨石の向こうに、大鳴門橋が空を分けていました。一九八五年開通、中央径間八七六メートルの吊橋で、橋桁の遊歩道「渦の道」からは渦潮を真上に望めます。海はちょうど干満の境、白い帯が幾筋も渦を巻きはじめ、橋脚に当たって砕ける音が、潮騒に重なって響きました。

陶板の睡蓮、屋外に咲く

2025-04-29 15:38

鳴門の山中に開かれた大塚国際美術館へ。世界中の名画を陶板で原寸再現する異色の館で、屋外の中庭にはモネの「大睡蓮」を環境ごと再現した池があります。陽光に焼き付けられた青い水面に、本物そっくりの睡蓮が浮かぶ。陶板は二千年の耐久性を持つといい、雨も日差しも、絵を傷めません。風が花壇のラベンダーを揺らしていました。

海辺のリゾート、夜の焚き火

2025-04-29 20:11 – 20:12

宿は鳴門海岸沿いのリゾート。芝生の中庭には円形のソファと焚き火台が据えられ、ヤシの葉影が青いライトに浮かんでいました。火を見ながらビールを一本。波音は遠く、潮の匂いだけが届きます。鳴門は塩の名産地でもあり、海風はわずかに塩気を含んでいる気がしました。一人でも、火は不思議と人を落ち着かせます。

琴弾公園、銭形を望む丘へ

2025-04-30 09:38

県境を越えて香川県観音寺市の琴弾公園へ。瀬戸内海国立公園の一画で、砂浜に描かれた巨大な砂絵「銭形砂絵(寛永通宝)」で知られます。一辺一二二メートルの楕円形は、寛永十年に殿様を歓迎するため一夜で築かれたと伝わるもの。観光案内図で位置関係を確かめてから、展望台への山道を登りはじめました。

琴弾八幡宮の参道

2025-04-30 09:45 – 09:48

石段を登ると瀬戸内海が眼下に開け、観音寺の港町と燧灘が一望に。古い灯籠の並ぶ参道は、八世紀創建と伝わる琴弾八幡宮へと続きます。社叢の奥には小さな末社が一基、葉影に静かに鎮座していました。海と山と神域が一続きになる場所で、深く息を吸い込みました。

祖谷渓のかずら橋

2025-04-30 15:25 – 15:36

午後は山深い祖谷渓へ。シラクチカズラを編んで架けられた「祖谷のかずら橋」は、日本三奇橋の一つで国の重要有形民俗文化財。長さ四十五メートル、高さ十四メートル、三年に一度架け替えられます。傍らの石碑には「祖谷の粉ひき節」が刻まれ、藤の花が滝のように崖を覆う。一歩踏み出すと床板の隙間から渓流が透けて、心臓が小さく跳ねました。

土讃線、山あいを行く

2025-05-01 09:50 – 09:53

翌朝はJR土讃線で徳島方面へ戻ります。大歩危・小歩危を縫うように走る単線は、吉野川の支流に沿ってカーブを描く山岳路線。無人駅のホームに立つと、信号機が静かに赤を灯し、遠く新緑の山が霞んでいました。列車を待つあいだ、線路の砂利を踏む音だけが響き、旅のテンポがゆっくりと整っていきます。

徳島城公園と眉山の眺め

2025-05-01 12:48 – 12:59

徳島に戻り、徳島中央公園(徳島城跡)を歩きました。蜂須賀家政が一五八五年に築いた徳島城の城山は、いまは森に還り、石垣だけが累々と残ります。木々の額縁の向こうに広がる徳島の街並み、苔むした切石の階段、園内に保存されたC58形蒸気機関車。城下町の記憶が、緑陰のなかに静かにたたまれていました。

阿波十郎兵衛屋敷、人形たちの座敷

2025-05-01 15:06 – 15:12

旅の締めくくりは、徳島市川内町の阿波十郎兵衛屋敷へ。江戸期の義太夫節「傾城阿波の鳴門」のモデル板東十郎兵衛の旧宅で、阿波人形浄瑠璃の常設上演で知られます。座敷には十郎兵衛・お弓の人形を中心に、阿波踊りの連を象った藁人形がずらり。庭に出れば苔と石組の枯山水、母お弓と娘お鶴の銅像が、新緑の松の下に立っていました。

渦と橋、瀬戸内の光、深山の緑、そして人形浄瑠璃の人形たち。四国は表情を変えながら、いつも水と山の音を背にしていました。次は秋の阿波踊りに合わせて、もう一度。