霧の駅から、国境を越えて
2020-01-02 09:53 – 10:30
一日は、霧に沈む早朝の駅から始まりました。線路の先は乳白色に消え、人影もまばらです。手にしているのはクロアチア・ザグレブ発リュブリャナ行きの長距離バス券と、そこから乗り継ぐポストイナ行きのバス券。スロヴェニアは1991年に旧ユーゴから独立した人口約二百万人の小国で、国土の半分以上を森が覆うといいます。これからその森と石灰岩の大地へ分け入るのだと思うと、寒さも少しだけ和らぐ気がしました。
クロアチアから国境を越え、霧に沈む早朝の駅から一日が始まりました。長距離バスで丘陵地帯を抜け、向かったのはヨーロッパ屈指の鍾乳洞ポストイナ、そして首都リュブリャナの旧市街。冬枯れの原野と、地下に広がる白い森、川面に映る薄紅の教会。雪解けの匂いがする冬の小さな国を、日帰りに近い駆け足で歩いた一日の記録です。
2020-01-02 09:53 – 10:30
一日は、霧に沈む早朝の駅から始まりました。線路の先は乳白色に消え、人影もまばらです。手にしているのはクロアチア・ザグレブ発リュブリャナ行きの長距離バス券と、そこから乗り継ぐポストイナ行きのバス券。スロヴェニアは1991年に旧ユーゴから独立した人口約二百万人の小国で、国土の半分以上を森が覆うといいます。これからその森と石灰岩の大地へ分け入るのだと思うと、寒さも少しだけ和らぐ気がしました。
2020-01-02 11:02
バスの窓から、冬枯れの草原と裸の落葉樹、その奥に低い山並みが流れていきます。このあたりは石灰岩が雨に溶け、地下に無数の空洞を刻んだ「カルスト」地形の本場で、Karstという地学用語そのものがスロヴェニア西部の地名に由来します。地表は穏やかな牧草地ですが、足の下では水が長い時間をかけて石を彫り続けている。そう思いながら眺める景色は、ただの田舎道とは少し違って見えました。
2020-01-02 11:42
ポストイナの集落でバスを降り、白い石灰岩の建物に掛けられた青い看板の前に立ちました。「PARK POSTOJNSKA JAMA」、次の入洞は12時。ポストイナ鍾乳洞は全長24kmを超えるヨーロッパ最大級の見学可能洞窟で、19世紀から観光客を地下へ運ぶ専用のトロッコ列車が走り続けていることでも知られます。私の手には27.90ユーロの大人一枚のチケット。少し緊張しながら、開場の時刻を待ちました。
2020-01-02 12:45 – 13:18
トロッコで一気に地下深くへ運ばれ、降り立った先には別世界が広がっていました。天井から伸びる細い鍾乳石、足元から立ち上がる太い石筍、両者が出会って柱となった部屋。一滴の水がわずか0.1ミリの石灰を残すといいますから、目の前の白い森は数十万年の時間そのものです。湿った空気と低い地響きのような静けさのなか、私は息を潜めて、石の生長を撮るようにシャッターを切りました。
2020-01-02 15:28 – 15:32
夕方のバスで首都リュブリャナへ戻り、コングレス広場の並木道から旧市街へ歩きました。やがて視界が開け、薄紅色のフランチェスコ会受胎告知教会と、川を三方向に渡す「三本橋(トロモストヴィエ)」が現れます。1842年の石橋に、建築家プレチニックが1932年に二本の歩行者橋を寄り添わせて完成させた、世界でも珍しい三連橋。緑色のリュブリャニツァ川が夕日を反射して、街全体が静かに輝いて見えました。
2020-01-02 15:34
三本橋を渡ってすぐ、メストニ広場の正面に立つのが市庁舎(Mestna hiša)です。15世紀末に建てられ、18世紀初頭にバロック様式へ改修された市の中枢で、白い漆喰の壁と時計塔、緑の月桂冠で飾られたファサードが冬の青空によく映えていました。観光客はまばらで、正面階段に小さな子どもが一人。市の中心がこんなに静かでよいのだろうかと、少しおかしくなりました。
2020-01-02 16:13 – 16:21
旧市街の背後にそびえる丘へ、ケーブルカーで上りました。リュブリャナ城は11世紀に起源を持ち、16世紀の大地震ののち現在の姿に整えられた要塞です。城内の聖ゲオルギウス礼拝堂では、バロックの天井に往時のカルニオラ公国とその貴族家の紋章が一面に描かれ、薄紅と空色の世界が頭上に広がっていました。胸壁から見下ろせば、ケーブルカーの軌条が真下にまっすぐ伸び、街は早くも青い夕暮れに沈みつつありました。
2020-01-02 16:38
城を降りた通り沿いの土産物屋を覗くと、棚いっぱいに並んだリュブリャナ・ロゴ入りのトレーナーやTシャツ、そして店先に積まれた緑色の龍のぬいぐるみが出迎えてくれました。龍は街の紋章であり、市のシンボル「ドラゴン橋」の四隅にも青銅の龍が鎮座しています。「1991」と書かれた服は、独立年への誇りを示すもの。小国の首都が大切に育ててきたアイデンティティが、棚の隅々から伝わってきました。
2020-01-02 17:01 – 19:36
夜のとばりが下りた旧市街で、教会前に飾られた大きなプレセピオ(キリスト降誕の人形群)に出会いました。スロヴェニアはカトリック信者が多く、クリスマスから1月6日の公現祭までこうした飾りが街角に残ります。羊や羊飼い、馬小屋の聖家族、足元に揺れる小さな焚き火。バスの窓に滲む街灯と、ポケットのポストイナのチケットを見比べながら、たった一日のスロヴェニアが静かに胸に畳まれていきました。
夕闇の街で見たクリスマス・プレセピオの灯と、ポケットに残ったポストイナ鍾乳洞のチケット。短い滞在でしたが、地下の石の森と川辺の橋の風景は、しばらく胸の奥で響き続けました。