深い緑のはじまり 屋久島の森へ
1日目 朝
登山口を抜けると、空に向かって伸びる巨樹が私を迎えてくれました。屋久島は花崗岩の島に黒潮の湿気がぶつかり、年間四千ミリを超える雨を降らせる稀有な土地。その水が千年単位で巨樹を育てます。見上げた幹は薄い光に縁取られ、まだ朝の匂いが残っていました。最初の一歩から、肺が深くなる森でした。
屋久島は1993年、日本で最初に世界自然遺産に登録された島。樹齢千年を超える屋久杉と、年間降水量四千ミリを超える湿潤な気候が育む苔の森が広がります。私は雨上がりの早朝、白谷雲水峡の登山口から歩き始めました。光が差すたび緑が呼吸し、巨樹の沈黙に背筋が伸びる、そんな一日の記録です。
1日目 朝
登山口を抜けると、空に向かって伸びる巨樹が私を迎えてくれました。屋久島は花崗岩の島に黒潮の湿気がぶつかり、年間四千ミリを超える雨を降らせる稀有な土地。その水が千年単位で巨樹を育てます。見上げた幹は薄い光に縁取られ、まだ朝の匂いが残っていました。最初の一歩から、肺が深くなる森でした。
1日目 午前
足元に広がるのは、何層にも重なった苔のじゅうたん。屋久島には六百種以上の苔が自生するといわれ、白谷雲水峡はジブリ『もののけ姫』の森のモデルとしても知られます。湿った石や倒木のすべてが緑に飲み込まれ、踏むのがためらわれるほど。私はしゃがんで、ひと筋の光が苔を透かす瞬間を、ただ見ていました。
1日目 午前
樹皮が剥がれ、赤銅色の肌をのぞかせた一本に出会いました。屋久杉とは樹齢千年以上の杉のことを指し、それ以下は小杉と呼び分けられます。痩せた花崗岩の土壌でゆっくり育つため年輪が密で、樹脂を多く含み長寿に。傷さえも歴史の一部に見える、堂々とした立ち姿でした。
1日目 昼
歩を進めると、巨岩を縫うように清流が現れました。白谷雲水峡は宮之浦川の支流・白谷川がつくる花崗岩の峡谷で、苔むした岩と澄んだ水が織りなす景観で知られます。水音は思ったよりも静かで、岩の上の苔がすべての音を吸い込んでいるよう。手をひたすと、夏の名残がすっと冷えていきました。
1日目 午後
ねじれ、絡まり、苔をまとった枝が頭上で交わります。倒木更新といって、屋久島では倒れた古木を苗床に新しい命が育つため、こうした奇怪な造形が生まれるのだと知りました。歩くたびに森の角度が変わり、太古の生きものの背の上を進んでいるような心地に。風が動くと、葉ずれの音だけが返事をします。
1日目 午後
薄暗い切り株の中に身を入れ、空を見上げました。ウィルソン株は十六世紀に伐採されたと伝わる屋久杉の巨大な切り株で、内部は十畳ほどの空洞。アメリカの植物学者E・H・ウィルソンが世界に紹介したことから名がつきました。ある角度から見上げると、切り口がハート形に切り取られる──私もその場所を探し、息をひそめてシャッターを押しました。
1日目 夕
森の奥で、ひときわ太い屋久杉が空を支えていました。根方には小さく人影が見え、その対比でようやく木の大きさが腑に落ちます。屋久島の杉の最高齢は縄文杉と呼ばれ推定樹齢二千年超(諸説あり)。今日歩いた道はそこへは届きませんでしたが、千年単位の時間の手前で、私はじゅうぶんに小さくなれました。
千年を生きる樹の前では、人の一日は瞬きほどです。それでも私は、苔のひと筋・光のひと粒を覚えていたい。屋久島は、急がないことの強さを教えてくれた島でした。