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観測する物語 — 言葉でできたフラグ

物語に「あなたを覚えている」を
実装できるようになった

ノベルゲームの分岐は、長いあいだ書く量のコストで死んでいました。 AIがそのコストを下げた結果、フラグの数に上限がなくなった。そこで初めて成立する物語の形の話です。

2026-08-23 / 実装済み3作品 / 読了 約7分

01 — 制約

AI以前、分岐は「書く量」で死んでいた

選択肢のある物語には、誰でも思いつく夢があります。読者の選択を全部覚えていて、 終盤でそれを突きつけてくる物語。理屈のうえでは簡単で、フラグを持って分岐すればいい。

実際には、ほぼ誰もやっていませんでした。理由は技術ではなく分量です。 選択肢を1つ増やすと、その先の本文が2通り必要になる。3つ重ねれば8通り。 人間が書ける文字数は有限なので、商業作品でさえ現実的な着地は決まっていました。

分岐しても、すぐ合流する。
選択は「演出の差分」に留め、物語の本筋は1本にする。

私が『正解の外側』を全15話・13.9万字で書いたときも、この原則を守りました。守らなければ完成しないからです。 つまり「読者を覚えている物語」は、アイデアの不足ではなく、原稿量の壁で実現していなかった

02 — 解除

AIが外したのは「言葉のコスト」だけ

ここは正確に切り分けたいところです。AIは物語を面白くしてはくれません。 構成も、どこで泣かせるかも、人間が決めないと凡庸なものが出てきます。 AIが下げたのは一点だけ、「文章を用意する単価」です。

ところが、この一点が分岐の設計を根本から変えます。分量の壁が下がるということは、 持てるフラグの数に上限がなくなるということだからです。

AI以前いま
フラグの数数個(コードで管理できる範囲)実質無制限
フラグの粒度「Aルートに入った」「この一行で少し黙った」
反映のされ方エンディングの分岐地の文の言い回し、語り手の態度
書く人の負担組み合わせ爆発方針を決めれば埋まる

重要なのは3行目です。フラグが安くなると、分岐は「別ルートに飛ぶ」ものから 「同じ道の語り口が変わる」ものへ移せる。読者から見ると、選択の結果が 別世界に飛ぶのではなく、語り手が自分を見ている感触になります。

03 — 新形式

観測する物語 — 読者を見ている語り手

これを私は「観測する物語」と呼んでいます。定義は3つだけです。

  1. 物語が読者の挙動を記録している(選択だけでなく、読む速さ・戻った回数・飛ばした場所も)
  2. 記録が分岐ではなく語り口に反映される(別ルートではなく、同じ場面の温度が変わる)
  3. 終盤で、記録していたことを明かす(ここでメタフィクションになる)

3番目が肝です。メタフィクションはこれまで「作家の技巧」でしたが、 大量のフラグが安く持てるなら「実装可能な標準機能」になります。 第四の壁は、才能ではなく設計で越えられる。

技法: 言葉でできたフラグ

実装で効いたのは、フラグを boolean で持たず、言葉そのもので持つことでした。 ビートに識別子を振り、読者の通過を記録し、後で参照する。値ではなく文章が状態になります。

// ビートに識別子を振る(分岐のためではなく、記録のため)
{ ix: 137, n: 'ミア', t: '「たぶん、違います」' }

// 通過を記録する(何を読んだかが、そのまま状態になる)
seen.add(b.ix);

// 後で参照する — 「読んだかどうか」で語り口を変える
const line = seen.has(137) ? L.t[212] : L.t[213];

見た目は素朴ですが、これが数百個あっても破綻しないのが以前との違いです。 各分岐の文章を人間が全部書く必要がないので、フラグを増やすことに躊躇がなくなる。 設計の自由度が変わるのは、コードではなく、この心理的なコストの方です。

落とし穴: 覚えていることを見せすぎない

実際に作ってわかったのは、「覚えている」を頻繁に見せると台無しになることです。 毎回反応されると、読者は物語ではなく仕掛けを見はじめる。 効くのは、長く黙っていて一度だけ名指すときでした。 フラグは大量に持ち、使うのは数回に絞る。これが今のところの結論です。

04 — 証拠

実際に作った3つ

百の悪行 — 読者を「共犯者」にする

魔王を討った勇者が、魔王の遺した「悪行目録・全百条」を一条ずつ検証していく短編。 本文そのものが勇者の書いた禁書という構造で、最後の一行は読んでいるあなたに向けられます。 約30分・7言語・日英フルボイス・無料。

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正解の外側 — 欄外の声

全15話・ボイス1,593本。各話末の手紙に、いつからか「読んでいる誰か」の書き込みが混ざりはじめます。 二周目で全部の手紙が対話に変わる設計です。

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ことつぎの星 — 言葉を継ぐ

星が堕ちて言葉のかけらが浜に打ち上がる島で、拾った言葉を文章の欠けに継ぎ、物語を編み直します。 「言葉が状態になる」を、そのままゲームの操作にした作品です。

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05 — 再現

同じことをやるなら

順番

  1. 物語を先に完結させる。分岐から作ると、話の面白さと実装の正しさを同時に抱えて、どちらも収束しません
  2. ビートに識別子を振る(後から振ると、翻訳や音声の参照が全部ずれます)
  3. 記録だけ先に入れる。反映は後から足せます
  4. 「覚えていた」と明かす場所を、2〜3か所だけ決める

詰まりやすい所

症状原因抜け方
ある台詞だけ音声が鳴らない 音声ファイル名を本文のハッシュにしていて、本文を1文字直した 改稿のたびに「参照数 = 実ファイル数、欠落0、孤児0」を機械で数える
多言語版が全部“完璧な日本語”で出る 翻訳が無いとき原文を出すフォールバックが、台本の未デプロイを隠した ローカルではなく公開URLを叩いて検証する
仕掛けが寒く感じる 「覚えている」の発火が多すぎる 発火は数回に絞る。持つ量と使う量は別

ここに挙げた不具合は、ひとつもエラーを出しません。 AIを使った制作で本当に時間を取られるのは、クラッシュしない壊れ方の方です。

この続き(音声の誤読をどう機械で捕まえるか、静かに壊れる不具合の分類)は 新しい形の研究 に順次追加していきます。