観測する物語 — 言葉でできたフラグ
ノベルゲームの分岐は、長いあいだ書く量のコストで死んでいました。 AIがそのコストを下げた結果、フラグの数に上限がなくなった。そこで初めて成立する物語の形の話です。
選択肢のある物語には、誰でも思いつく夢があります。読者の選択を全部覚えていて、 終盤でそれを突きつけてくる物語。理屈のうえでは簡単で、フラグを持って分岐すればいい。
実際には、ほぼ誰もやっていませんでした。理由は技術ではなく分量です。 選択肢を1つ増やすと、その先の本文が2通り必要になる。3つ重ねれば8通り。 人間が書ける文字数は有限なので、商業作品でさえ現実的な着地は決まっていました。
分岐しても、すぐ合流する。
選択は「演出の差分」に留め、物語の本筋は1本にする。
私が『正解の外側』を全15話・13.9万字で書いたときも、この原則を守りました。守らなければ完成しないからです。 つまり「読者を覚えている物語」は、アイデアの不足ではなく、原稿量の壁で実現していなかった。
ここは正確に切り分けたいところです。AIは物語を面白くしてはくれません。 構成も、どこで泣かせるかも、人間が決めないと凡庸なものが出てきます。 AIが下げたのは一点だけ、「文章を用意する単価」です。
ところが、この一点が分岐の設計を根本から変えます。分量の壁が下がるということは、 持てるフラグの数に上限がなくなるということだからです。
| AI以前 | いま | |
|---|---|---|
| フラグの数 | 数個(コードで管理できる範囲) | 実質無制限 |
| フラグの粒度 | 「Aルートに入った」 | 「この一行で少し黙った」 |
| 反映のされ方 | エンディングの分岐 | 地の文の言い回し、語り手の態度 |
| 書く人の負担 | 組み合わせ爆発 | 方針を決めれば埋まる |
重要なのは3行目です。フラグが安くなると、分岐は「別ルートに飛ぶ」ものから 「同じ道の語り口が変わる」ものへ移せる。読者から見ると、選択の結果が 別世界に飛ぶのではなく、語り手が自分を見ている感触になります。
これを私は「観測する物語」と呼んでいます。定義は3つだけです。
3番目が肝です。メタフィクションはこれまで「作家の技巧」でしたが、 大量のフラグが安く持てるなら「実装可能な標準機能」になります。 第四の壁は、才能ではなく設計で越えられる。
実装で効いたのは、フラグを boolean で持たず、言葉そのもので持つことでした。
ビートに識別子を振り、読者の通過を記録し、後で参照する。値ではなく文章が状態になります。
// ビートに識別子を振る(分岐のためではなく、記録のため)
{ ix: 137, n: 'ミア', t: '「たぶん、違います」' }
// 通過を記録する(何を読んだかが、そのまま状態になる)
seen.add(b.ix);
// 後で参照する — 「読んだかどうか」で語り口を変える
const line = seen.has(137) ? L.t[212] : L.t[213];
見た目は素朴ですが、これが数百個あっても破綻しないのが以前との違いです。 各分岐の文章を人間が全部書く必要がないので、フラグを増やすことに躊躇がなくなる。 設計の自由度が変わるのは、コードではなく、この心理的なコストの方です。
実際に作ってわかったのは、「覚えている」を頻繁に見せると台無しになることです。 毎回反応されると、読者は物語ではなく仕掛けを見はじめる。 効くのは、長く黙っていて一度だけ名指すときでした。 フラグは大量に持ち、使うのは数回に絞る。これが今のところの結論です。
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ブラウザで読む星が堕ちて言葉のかけらが浜に打ち上がる島で、拾った言葉を文章の欠けに継ぎ、物語を編み直します。 「言葉が状態になる」を、そのままゲームの操作にした作品です。
ブラウザで遊ぶ| 症状 | 原因 | 抜け方 |
|---|---|---|
| ある台詞だけ音声が鳴らない | 音声ファイル名を本文のハッシュにしていて、本文を1文字直した | 改稿のたびに「参照数 = 実ファイル数、欠落0、孤児0」を機械で数える |
| 多言語版が全部“完璧な日本語”で出る | 翻訳が無いとき原文を出すフォールバックが、台本の未デプロイを隠した | ローカルではなく公開URLを叩いて検証する |
| 仕掛けが寒く感じる | 「覚えている」の発火が多すぎる | 発火は数回に絞る。持つ量と使う量は別 |
ここに挙げた不具合は、ひとつもエラーを出しません。 AIを使った制作で本当に時間を取られるのは、クラッシュしない壊れ方の方です。
この続き(音声の誤読をどう機械で捕まえるか、静かに壊れる不具合の分類)は 新しい形の研究 に順次追加していきます。